データサイエンスが開いた臨床医の新たな可能性

(医師・大学教員 / 2024年度修了生)
臨床医が研究に向き合う難しさ
東京大学医学部附属病院にて、放射線科医として画像診断やカテーテル治療を行う久保さん。大学教員の顔を持ち、臨床だけでなく研究も求められる環境の中で、研究テーマの模索が始まった。
転機となったのは、医療ビッグデータを用いた論文との出会いだった。「レセプトデータ(=診療報酬明細書)などを使って、自分の専門であるカテーテル治療を分析した研究論文を読んで、こういうアプローチもあるんだと知りました」
東京大学内にもDPC(診断群分類)という医療ビッグデータを扱うグループがあることを知り、早速相談に行った。しかし、自身のデータ分析に関する知識が足りず、まずは、基礎から学ぶ必要があると痛感した。
学び直しの決意、そしてDEFPとの出会い
その後、久保さんは、東京大学内の医療ビッグデータ解析プログラムを2年間受講。医療ビッグデータに関する知識は身についたものの、「データサイエンスのベース、RやPythonは教えてもらったんですが、一方でまだ踏み込めていない感覚もありました」
そんな時、勉強会の講師として来ていた方が、DEFPの卒業生だと知る。「『DEFPはすごく勉強になった』という話を聞いて、まさに今自分がやりたいと思っている、データサイエンスにもう1歩踏み込んでいるプログラムだ感じ、『これだ』と思いました」
衝撃を受けた統計学の講義
DEFPを受講して最初に驚いたのが、統計学の講義のレベルの高さだった。
「医療統計は、論文を書くだけであれば、場合によっては、ソフトを使えば結果を出すことができる。改めて統計の基礎や理論を学ぶことの大切さを痛切に感じました」
DEFPの統計学の講義を見て、「衝撃を受けました。レベルが高いなと。大学以来、十数年ぶりに積分や微分をしっかりとやり直しました。最初は難しかったですが、本当に勉強になりました」
ビッグデータを活用したグループワークの価値
プログラムの中で最も印象に残ったのは、チームでの実践的なプロジェクトだった。久保さんのチームは、母親向けの出産情報サイト「ママリ」の実際の投稿データを使い、ユーザーの離脱を防ぐための分析に取り組んだ。「あの規模のデータを触ったのは初めてでした。医療ビッグデータは『ビッグ』と言っても、N=1万もあれば十分ビッグデータと扱われる。そういうレベルではなかったので、とても面白かったです」
実際の分析では、投稿された質問を「問題解決型」と「共感型(愚痴を聞いてほしいタイプ)」に分類し、それぞれに適した誘導システムの提案を行った。さらに、競合他社との比較分析や、体験談データベースの活用提案なども行った。
「全く異なるバックグラウンドを持つメンバー、例えばプログラミングが得意な方、ビジネス知識のある方など、いろんな人と一緒に1つのビジネス提案を作り上げていくプロセスは、本当に面白く勉強になりました。オンラインでどうやってコーディングを共有しながら進めていくか、それ自体も学びでした」
臨床・研究での変化
DEFPでの学びは、久保さんのキャリアに大きな変化をもたらした。
「統計の知識が身についたことで、学会やグループ内でのプレゼンスがすごく上がりました。統計について知識を求められることが多くなり、データサイエンスの視点から意見を伝えられるようになったのが大きいです」
論文を読む姿勢も変わった。「結果をそのまま鵜呑みにするのではなく、統計学的に批判的に読むことをさらに心掛けるようになりました。『この論文のこの部分は受け入れられるけれど、ここは実は言えていない』ということが分かるようになったんです」
研究面でも進展があった。「医療統計で優位性を示すのと、予測モデルを作るのは全く違う。回帰分析でも解釈の方向性が異なる。そういうことが理解できるようになり、研究の質が1歩深まりました」
医療者にこそ勧めたいDEFP
「臨床研究をする医療従事者は、DEFPで学んでおいた方がいい。できればもっと若い段階で」と久保さんは力を込める。
「データサイエンスは今、医療で非常に求められている分野です。でも、素人が何となくやってしまったり、統計ソフトで結果だけを出したりすることも多い。もう1つのスキルセットとして、データサイエンスのスキルを持っておく時代になったと感じています」
特に、「研究テーマに困っている地方の先生や小規模施設の方、メンターがいない環境の方」にとって、DEFPは貴重な学びの場だという。「ちゃんとデータサイエンスを教えてもらい、同じ志を持つ人たちと横のネットワークを作りながら学べるのは、すごく良い刺激になるはずです」
未来の受講生へのメッセージ
「『大変だ』という声もありますが、個人的には1年間、ただただ楽しかったです」と久保さんは笑顔で振り返る。
「知識がついていくのを実感できましたし、全く異なる分野の人たちと一緒にビジネスプランを作っていくのは純粋に楽しかった。電気通信大学という名前や、統計の授業、宿題の多さなどでハードルを感じるかもしれませんが、『面白そう』と思ったら飛び込んでください。飛び込んだだけの価値は絶対にあります」
臨床医として、研究者として、そしてデータサイエンティストとして──DEFPでの学びは、久保さんに新しい可能性を開いた。医療の現場にデータサイエンスを届ける、その挑戦は今も続いている。
